第六場      アラザの街

  戦のために、傷ついた者、子を殺され嘆く母親。親を捜してさまよう子供達。
  疲れ果て飢えて、エジプトの残した爪痕は目を覆うばかりだった。
  これらを、ダンスナンバーで、見せたい。
  それらに混じるように、数名のいくらか身ぎれいな男女が、立ち働いている。
  嘆きのダンスが決まる頃、シャヌーンがラシードと共に登場する。
  先ほどの男女が、駆け寄ってくる。

タチアナ 「お帰りなさい。」

ラシード 「皆 無事か…。」

ヨシュア 「私達は、しかし食べる物がたりません。人々は皆飢えています。」

ラシード 「出来るだけのことをしよう。少しでも飢えて死を迎える人がないように。」

ヤコブ   「ラシード  その人は…。」

ラシード 「シャヌーン様だ、たった今、カナンより戻った。」

シャヌーン「この人達は…。」

ラシード 「私の仲間です。」


    そのままラシードの家に場面は移っていく。


  第七場       ラシードの家

タチアナ 「シャヌーン。少しは強くなったの、負けず嫌いなくせに、ひ弱な王子様だったんだけど…。」

ラシード 「タチアナ。」

タチアナ 「兄さん、何故かしこまっているのよ。そりゃ住む世界は違うのかもしれない。

          でも、同じ女の乳で育った仲じゃないの、こんな場合なんだし、遠慮何てする必要ないわよ。」

シャヌーン「エッ…!?  そうか、何処かで聞いた名だと思っていたが、私の乳母ミルカの子供達。

         カナンへ行く前まで、共に育った。」

タチアナ 「今更…!?  兄さん、言ってなかったの。数日間も一緒に旅をしたのでしょう、話す事なんて沢山

         あったでしょうに。」

ラシード 「アラザの事はな。私達のことなど、思い出して頂かなくても、大した替わりはない。」

タチアナ 「でもね、こんな中なのよ、総て告げておくべきじゃないの。」

ラシード 「タチアナ…。」

シャヌーン「(タチアナの、勢いに圧倒されていたが、たまらず弾かれたように、笑い出す。)

          タチアナ、貴方は、私の知っている人とあまりに似ていない。なかなか素晴らしい事だ。」

タチアナ 「誉めているつもりなのかしら。」

シャヌーン「そうです。(まだ、可笑しい。)貴方の言うとおりだ。」

ラシード 「シャヌーン様…。」

シャヌーン「ラシード、様は無しだ。私も此処で皆と共にある限り一人の仲間として迎えられたい。

         これからはシャヌーンで、いい。」

ヨシュア 「シャヌーン、私達は、貴方に忠誠を誓います。」


   ヨシュアは、副リーダー格の男で、彼が先に立ったことで、他の者も次々と続いていく。


ラシード 「シャヌーン、すでにお気づきと思いますが、此処にいる者達は、私達兄弟と同じくアラザの国王に

         仕える臣下の子弟達。国王は最後を迎えるまでに、私達に貴方のことと、もうお一人を託されました。」

シャヌーン「もう一人…!?」

ラシード 「タチアナ…。」


   タチアナ分かっていると言いたげに、上手に一旦退場する。


シャヌーン「覚悟はしていた。父上はもはや…。」

ラシード 「はい。エジプト軍に捕らえられ、補囚となるよりはと、王妃様と共に自害されました。」

タチアナ  「兄さん…。」


  タチアナ、幼いが利発そうな男の子を連れて登場する。


リシャール「兄上様ですね。リシャールと申します。」

ラシード 「国王と王妃様の、末のお子さまです。」

シャヌーン「リシャール…。それでは…。」

ラシード 「王族の方で、生き残られたのは、あなた方お二人だけなのです。」

ヤコブ   「私達は、機会を待っています。今は支配を受け入れるより道はありません、しかし…。」

シャヌーン「仇を討つチャンスは、訪れるというのか。少しも早く、討って出ることは出来ないものか。」

ラシード 「国王が望まれたのは、国の平和を取り戻すことです。エジプトの支配の中、少しでも民の苦しみを

         取り除くようにと。そしていつの日にか、アラザの再建を…。」

シャヌーン「戻って来たというのに、此処でもまた、何も出来ないと言うのか、…。」


 やり場のない怒りと、自ら無力さに憤りを感じるシャヌーン。
 
   第八場      アラザの街

リシャール「タチアナ。」

 
リシャール 先に出てタチアナと他の女達を呼ぶ。


タチアナ  「リシャール 待ってよ…!!」


リシャールとタチアナを中心にした少し明るいナンバー。


リシャール『サァ 皆さん 

      此処へ おいで

      少しだけど パンがあるよ』

タチアナ 『傷ついた人

      病のある人

      おいで 看てあげる』

女達      『辛いからこそ 助け合おう

      苦しいけれど 今の内だけ』

リシャール『明けない夜はない

            アラザに 陽の光は戻って来るから』

タチアナ 『明けない夜はない

            アラザに 陽の光は戻って来るから』

女達      『辛いからこそ  助け合おう
男達    
      苦しいけれど  今の内だけ』


 シャヌーンやラシード達もナンバーに加わっていく。
 いつの間にか、シャヌーンとタチアナを中心とした形でナンバー終了。


シャヌーン「(息を切らし、笑いながら。)今の状態が良いはずはないのだけれど、タチアナ達のおかげで、

          幾らか助かる人達が居る。素晴らしいことだ。」

タチアナ  「あのね、シャヌーン。今では貴方もその一人なのよ。いつまでも、宮殿に閉じこもってたままの気分で

          居られたら、こっちが迷惑だわ。もう少し、しっかりしてよ。」

シャヌーン「エッ、アッ。ごめん…。しかし…。」

タチアナ  「何よ、言いたいことがあるなら言ったら。聞いてあげるから。」

シャヌーン「仲間の一人だという、自覚はあるし、タチアナに、言われるほど頼りない男でもないつもりだ。」

タチアナ  「相変わらず、そう言うところだけは、負けず嫌いなんだから…。」

カシム  「いきなり、ケンカか。」

マーシャ 「仲がいいだけよ。」

ヨハン  「痴話喧嘩って奴。」

リシャール「痴話喧嘩ってなあに…!?」

エリアル 「それわね…。」

タチアナ  「エリアル、変なことリシャールに、教えないでよ。そんなんじゃないんだから…。」

シャヌーン「(近くにいる、ミリアムを捕まえて。)痴話喧嘩ってなんだ…!?」

ミリアム  「エッ…!?シャヌーン  知らないの…!?」

シャヌーン「(頷いて。)だから何のことだ…!?」

ミリアム  「仲の良い、男と女がケンカしているようで、実は…。」

タチアナ  「ミリアム まで、何やってるのよ。今度は別の地区へ行くわよ。リシャール行きましょう。」

リシャール「待ってよ、タチアナ…。」


  タチアナ  怒って、リシャールと女達を連れて退場してしまう。
    シャヌーンは、少々あっけに取られた感じで見送る。


ラシード  「シャヌーンどうしました。」

シャヌーン「タチアナは、強い。羨ましい。」

ラシード  「がさつなだけです。それよりもシャヌーン…。」


  身なりの良い彼らに物乞いにつきまとう子供達がいる。


シャヌーン「ごめんよ。もうこの場所にパンは無いんだ。」


  子供達諦めきれない様子で、離れていく。


ラシード  「ご覧になったとおり、まず食べるものがありません。戦が終わった後でも、親を亡くして。

         彷徨子供の数は、増えております。」

シャヌーン「私が戻っていることを、近隣の諸国に宣言してアラザの自治と独立を…。」

ラシード  「危険です。エジプトの力は巨大すぎます。今は貴方の存在は知られていません、

         もし王族である貴方の事がしれたらより人々の苦しみは増します。」

シャヌーン「しかし、私に何が出来る。皆のように羊を育てることも、畑を耕して食べ物を作ることも

         出来ない、私は何のために戻ってきたのだ。」

ラシード  「貴方が、私達と共に居てくださることが大切なのです。」

ヨシュア  「私達が進むための道標。」

ヤコブ   「行く道を示す。光なのです。」

シャヌーン「それだけなのか…。皆の気持ちは嬉しい、しかし…。」


  そこへエジプトの役人風の男達が現れる。
  商いをしている人々の店先を回っていく。


役人 A 「どうだ、商売は…。」

店主  A 「ご苦労様です…。」


  役人に何か手渡す。


役人  B 「そうか、わかった…。」


   別の所では、何かもめ事になりそうな感じのやりとりがある。


店主 B 「お許しください、商売をしようにも仕入れもままにならず…。」

役人 A 「どうした…!?」

役人  B 「この者が決められたことを、守ろうとしないので…。」

役人 A 「それなら、その罪を自らあがなってもらおう。」


   役人達、薄笑いを浮かべて店主を追いつめて行く。
   シャヌーン達は、様子をうかがっていたが、あまりに目に余るものになりつつあった。
   たまらず飛び出す、シャヌーン。


ラシード  「シャヌーン。」


   ラシードにも、止める間がなかった。


役人 A 「若いの、お前が替わりになるって言うのか。」

役人  B 「俺達に逆らえば、どうなるかじっくりと分からせてやるよ…。」


   シャヌーンは、手向かわずに耐える。


役人 A 「店主。この次までに決められたものは、納められるように用意しておけ。」

役人  B 「お前も、身にしみて分かったら、これから他人をかばい立てしないことだ。」


  役人達は言い捨てて立ち去っていく。その間にも、幾人から取り立てながら去っていく。
 ボロボロになったシャヌーンをラシードが助け起こす。


ラシード 「シャヌーン、大丈夫ですか。」

店主 B 「ありがとうございます。ありがとうございます。」

シャヌーン「怪我はありませんか…。」

ヨシュア  「シャヌーン。貴方という人は…。」

シャヌーン「私は無力だ、皆のために何も出来ない。エジプトの役人の横暴の前にも、出来ることは何もないのだ。」

ヤコブ  「手向かわれなかったのは、それでよろしいのです。手向かって因り多くの怒りを買うより、

         そのはけ口となられたのは…。」

ラシード 「シャヌーン。」

シャヌーン「ラシード…。」


  シャヌーン やはりこたえたらしく、ラシードの腕に崩れおれる。
     暗転。
 
    第九場    ラシードの家

  タチアナが仲間の女達とおしゃべりをしている。


タチアナ  「男達は、何処へ行って居るのかしら。やって欲しいことが沢山あるって言うのに。」

ミリアム  「そんなに、こき使っては、あの人達も嫌になって逃げ出すわよ。」

エリアル 「逃げ出したって行くところ何て無いじゃないの。」

マーシャ 「これ以上良いところもないし。」

エリアル 「悪いところもない。」


  女達、どっと笑う。


タチアナ  「でも、シャヌーンの甘さって、どうになからないかしら。」

エリアル 「そうね、甘いって言うか、弱いって言うか。」

マーシャ 「仕方ないわよ、宮殿の中で囲われて暮らしていたんでしょう。」

ミリアム  「立場上、王子様って言うより…。」

エリアル 「お姫様って感じ…!?」


 女達、どっと笑う。


タチアナ  「それはないんじゃないの。シャヌーンは、私達の国のために、カナンで暮らしていたのよ。」

マーシャ 「でも、あたってると思わない。」

タチアナ  「シャヌーンにも、王子として必要なことは身につけているはずよ。」

ミリアム  「タチアナ 何向きになっているのよ…!?」


 女達はタチアナの気持ちは知っているのでますます面白がっている。
 そこへ傷ついたシャヌーンが、ラシード達と帰って来る。


ラシード 「タチアナ…!?」


 シャヌーンを、抱きかかえたまままで、登場する。他の男達も。


タチアナ  「兄さん、どうしたの…!?シャヌーン…!?」

ラシード 「タチアナ 水だ、誰か薬を。横になれる場所を空けてくれ。」


 シャヌーンを横たえて、そこへ水が運ばれてくる。


ラシード 「サァ、しっかりしてください。」


 シャヌーンに、水を含ませる。意識を取り戻す。


タチアナ  「シャヌーン…。」


 タチアナは、気づいていないが、今にも泣き出しそうなくらい、心配している。


ミリアム  「タチアナ はい、薬。貴方が手当てしてあげてね。」

タチアナ  「ミリアム …。」

ミリアム  「後は、貴方に任せて。私達は他でやることがあるでしょう。」


 他の者達をうながして、退場していく。
 ラシードも、心配そうに、しかし退場していく。


シャヌーン「ふがいないよな。タチアナに、頼りないって笑われるはずだ、こんな有様じゃ …。」

タチアナ  「何があったの…!?」

シャヌーン「 …。」

タチアナ  「言いたくないの…!?」

シャヌーン「これ以上、タチアナに笑われたくない。」

タチアナ  「そう言うところが …。」

シャヌーン「タチアナ  私は何処にいても、いつも誰かに守られている。私が皆を守りたいと望んでいるのに、

         守られているなんて、やっぱり…。駄目だな…。」

タチアナ  「そんな …。」

シャヌーン「私はカナンで暮らしていた間は、人質として、束縛されていると思っていた。宮殿の中では自由だった。

         学びたければ良い学者や、神官達を王は私につけてくれた。剣を持つことだけは、許してくださらなかったが、

         それでも今思えば、私は恵まれ、守られていたんだと思う。」

タチアナ  「…。」

シャヌーン「王の子供達と、私は共に育まれた。セイレムとアリーシャ。二人とも今はどうしているのだろう。」

タチアナ  「国に居るわよ。」


  タチアナ 何となく悲しくなってきた。


シャヌーン「タチアナには、かなわないな。こんな時アリーシャなら、何も言わずに微笑んでいてくれた。

          あまり多くを語らず、いつも気がつけば私の傍らにいてくれた気がする。」

タチアナ  「まるで、奥様ね。」

シャヌーン「いずれは…。」

タチアナ  「…。」


  タチアナ 皮肉で言ったつもりが、真顔で返されて言葉にならない。


シャヌーン「アラザが、元通りになったら、迎えに行くと約束した。」

タチアナ  「そう、それはよかったわね。サァもう手当はすんだわ、歩けるでしょう。行ってくれない、

        まだやらなきゃならないことが、あるんだから。」


  何時もより邪険にシャヌーンを扱う。


シャヌーン「タチアナの、働き者で元気が良いところは好きだけれど、もう少し女らしくして欲しいね。」


 タチアナは、自分の気持ちに気づいてしまった。
  そんな彼女の気持ちに気がつかないシャヌーンは、腹立たしげに退場してしまう。
   見送って。


タチアナ  「シャヌーン…。」


 タチアナの、想いを込めたナンバーに。


タチアナ   『出逢ったのは幼子の頃

             母の胸で共に育まれた


             でも 別れていた月日が

             今では長くて

             知らない 顔

             知らない 思い出

             流れた時間が

             恨めしい』


   タチアナのソロをバックにシャヌーンとアリーシャの幻想のダンス。
   タチアナの心象風景。


タチアナ   『こんなに 近くにいるのに

      私を見て くれるのに

      貴方の心は 離れたまま

      私の 想いは 届かない』


  タチアナを残して、表情を印象づけるように照明落ちる。







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